江戸時代の髪結いから始まる五代目の跡取り。心構えや技術を修得するため、外のサロンで9年間の修行を積む。その間、コンテストにも精力を注ぎ、2回目のチャレンジで全日本チャンピオンに。その後、実家に戻り家業を継ぐ。経営システムやスタッフ教育など独自の手法を取り入れながら老舗の暖簾を守る。2017年全国美容週間の実行委員長として業界の活性化にも尽力する。
ライター 前田 正明 | カメラ 藤村 徹 | 配信日 2017.12.14
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高校時代に美容師免許を取得し五代目として家業を継ぐ
理美容師になったきっかけを教えていただけますか?
創業は江戸時代からの髪結いで、私は明治時代に家業を受け継いだ分家筋の五代目になります。祖父の頃に、老若男女を問わず街にいるすべてのお客様に対応できるようにと、今で言うユニセックスサロンの形態を採用しました。それ故に、地元の方々に愛されるヘアサロンとして今でもご贔屓いただいています。高校時代は、ステーショナリーデザイナーに憧れており、美術学部に在籍していました。ところが、祖父母の希望もあり家業を継ごうと考え、高校時代に通信教育で学び、高校卒業と同時に美容師免許を取得しました。KINOSHITAの根本である老若男女を問わず対応するためには、理容の世界も知る事が必要だと思い、理容師の免許も取得し、理容師免許取得後は、都内のサロンで約9年ほど修行を積みました。厳しい環境の中でとにかく忙しい9年間でしたが、自分がやらなければ、という使命感と来てくれるお客様に喜んでいただきたい気持ちで、寝る間も惜しんで仕事と練習に打ち込んでいました。
地域にしっかりと根ざしたサロン経営を継続することの大切さ
経営者として若い頃に考えていたことや感じていたことは何ですか?
五代目として老舗の家業を継ぐためには、地域や既存のお客様たちに、私という人間を認めてもらわなければなりません。子供の頃の四谷は商店が多く、ご近所さん同士が家族のように密に関わり合っており、人と接する大切さを周りの大人から学びました。お小遣いをもらう時も、何かお手伝いをして初めていただけます。自然と、お金の大切さを感じながら大人になっていく。そんな街で育ったので、サロンに勤めていた頃もしっかりと技術を身につけることや、仕事に対する厳しさと使命感を感じながら働いていました。ですから、有名な理美容師になりたいというよりは、この地で理美容業を永く続けていくことを目標に、地元の皆さんに愛されるサロンになるにはどうすればいいかを考えていましたね。
次のチャンピオンを育ててこそ本当のチャンピオン
コンテストに対する考え方やチャンピオンになって感じたことは何ですか?
コンテストに目覚めたきっかけは、修行時代にチャンピオンになったある先輩の祝賀会での出来事です。私は、この業界でのチャンピオンのあり方に疑問を抱き、酔った勢いで会長さんに意見を言いました。すると、「君が頑張って変えればいいじゃないか」と言われて、一念発起でコンテストに精力を注ぎました。コンテストだけではなく、本気で業界全体を変えたい一心で必死に練習をし、数々の大会で優勝させていただきました。全国大会で優勝した時に、田中トシオ先生に「優勝した時点ではまだチャンピオンではない。チャンピオンは次のチャンピオンを育ててこそ本当のチャンピオンなんだ」と言われた事があります。その言葉で、自分で終わらせてはいけない、後継をつくっていくことが大事なんだと気付かされ、スタッフに対してもどうあるべきかという指導を心がけた結果、数多くのチャンピオンを輩出することができました。その言葉は今でも大事にしています。コンテストには、ワインディングのように課題のある種目とデザイン性を競う種目があります。課題のある種目は再現性が問われるので、練習を積み重ねることで優勝が期待できます。デザイン性を競う種目は審査員の好みや時代性が問われるので、自分が満足して完璧な作品を創作しても優勝できないケースがありますが、その分、発想力や思考力が高まるので、お客様に支持していただけるデザインを提案できるスキルが鍛えられます。私の場合、当時サロンワークや教育が忙しかったので、練習時間は1日2~3時間で週2回ほど。少ない時間の中で常に効率の良い練習方法を考えながら取り組みました。昔から好奇心が旺盛で、決めた事はやり遂げるまで絶対に諦めない性格だったので、レッスンも苦にはなりませんでしたね。今でも私は自分の能力に満足はしていません。まだまだ上手くなれるという可能性を信じているので、月一回川島文夫先生のレッスンを受けています。能力向上には学ぶ気持ちが一番大切だと感じています。
時代に合わせたデザインを提供しお客様との信頼関係を築く
実家に戻られて引継ぎや経営システムなどで苦労したことはありましたか?
修行先では半年でスタイリストデビュー、2年後には店長となり、能力重視の環境におかれ、経験が浅い中での店長生活でした。実家に戻ってからも同じシステムで行おうとしましたが、最初は上手くいかず苦労しました。しかし、スタッフ教育や地域性、KINOSHITAとしての理想のあり方を研究し、徐々に接客方法やお店のシステムを変えていきました。先代との引き継ぎに関しては、トラブルなどは一切ありませんでした。私は子供の頃に反抗期がなかったので、親に反発するという感覚が理解できないんです(笑)。父も実直な性格で、全日本チャンピオンになった私に合わせて勉強を始め、50歳を過ぎて東京都の講師になった、真面目でとても尊敬できる人です。お互いに高め合えるいい親子関係だと思っています。明治から今まで家業が続いたのには理由があります。それは多くのお客様に愛され続けてきたということ。時代性に合わせたデザインを提供し、常にお客様との信頼関係を築くことを大切にしてきました。実はKINOSHITAには5つの家訓があるんです。まず最初は「ヘアデザインはお客様あってこそ」、2つ目は「お客様をよく観ること」、3つ目は「お客様の声をよく聴くこと」、4つ目は「時代をよく読むこと」、そして最後に「技術と接客の引き出しを増やすこと」です。今でもスタッフと共有し、KINOSHITAの精神として受け継がれています。私は五代目として、この理念を今後も受け継いでいきます。
結束力を高めて業界の未来を担う人たちにアピール
2017年全国美容週間の実行委員長を務められていかがでしたか?
2017年は「THE GREAT ESCAPE ~日常から非日常へ~」をテーマに、8月29日に恵比寿ガーデンホールでイベントを行いました。多くの方々のご協力のもと、ヘアショーやプレミアム体験ブースなどを企画し、大盛況でした。また、同イベント内で行われたBEAUTY WEEK AWARDでは、美容界の将来を担う若い人たちを増やしたいという思いから、俳優の千葉雄大さんと女優の堀田茜さん、アーティストのBaby kiyさんをお呼びして若い人に美容の素晴らしさをアピールしました。さらに、タレントさんたちから美容師に向けた応援メッセージもいただき、大きな励みになったと思います。このような大きなイベントをゼロから作り上げるのは大変ですが、とても良い仲間に恵まれました。私は今までの歴代の実行委員長が残された実績を受け継ぎながらバランスよくリニューアルすることを心がけました。2017年度もメーカーさん、ディーラーさん、理美容学校、そして美容師が四位一体となって業界を活性化することができ、感謝の気持ちで一杯です。実行委員長を任命していただいたことは本当に光栄なことだと思います。
ヘアサロンはサービス業ではなくむしろ人財育成ビジネス
スタッフ教育において心がけていることは何ですか?
まず、教育とは「できないこと」を「できるようにすること」です。うちではスタッフ教育の一環としてコンテストに取り組むように勧めています。スタッフ教育に関して言えば、長期間の目標と短中期間の目標を設定することが大事で、その中でコンテストは目標設定しやすい課題だと言えます。例えるなら、夏休みの宿題と同じです。結果を出すために、計画性を持ってどのようにやり遂げるかが重要になります。ですからコンテストは勝ち負けにこだわるよりも、当日までのプロセスが良い経験になると教えています。経営も教育もトップの考え方や指導方法でスタッフの成長が大きく変わると思います。私はスタッフを指導しながら、彼らの潜在能力を引き出すことを心がけています。うちの社是は「人の成長が輝く未来を創造する」です。私はヘアサロンはサービス業にとどまらず、人財育成ビジネスだと考えています。ですから、人財育成に成功したサロンが繁栄していると思います。それくらい人財育成は難しく、同時にやり甲斐もあります。
自分が審査員になったつもりで客観的に自分の作品を観れば良し悪しが判断できる
指導者や審査員の目線でコンテストへの臨み方をアドバイスしていただけますか?
昨今のコンテストは、昔よりもレベルアップしていると思います。特にデザイン性を競うコンテストでは、サロンスタイルの延長線上を捉えながら、さらにその先のクリエイティブな可能性を秘めていなければ優勝は難しいでしょうね。実際に、私が審査員をつとめるルベルさんのコンテスト「I.D.」のデザインアワードやメンズデザインアワードでは、様々なテクニックとファッション性を含め、多様性の時代に求められるトータルバランスが審査基準になっています。従って、選手はまずテーマから考える必要があります。何を表現したいかをビジュアル化してデザインを構築することが大切で、もしかしたら技術は最後かもしれません。優れた作品をお手本にするのはいいのですが、そこに自分らしさを表現する必要があります。そして、イメージが出来上がったら次はモデル選びです。これは大変な作業ですが、理美容師にとって人を観るということは大変勉強になります。うちでは常にハウスモデルを数人キープしているので、デザインイメージに合わせてコンテストや撮影などで起用しています。イメージやモデルが決まれば、後は練習で正確に同じスタイルを繰り返し作れるテクニックとスピードを養わないといけません。そのためには、効率のいい手順が重要になります。コンテストは撮影と違って、全ての角度から観て完成度を高めないといけないので、とても勉強になると思います。1つアドバイスとして、選手も審査員のつもりで客観的に観てみると、自然と自分の作品の良し悪しが判断できるのではないでしょうか。
10年単位で人生計画を立ててサロン経営と地域社会に貢献する
五代目として老舗のサロン経営に関してどのようにお考えですか?
私は今まで受け継がれてきた基盤を基にしながら、時代に合わせてサロン展開を変化させるように心がけています。私はこの業界に入った頃、30歳までに技術を学ぼうと決めていました。そして、40歳までは人財育成と経営面に力を注ごうと決め、ビジネスセミナーや会計事務所に通って経営の勉強もしました。その後、講師などで人に伝える仕事や今年は全国美容週間の実行委員長もさせていただきました。そして50歳になってからの10年間は伝承に取り組んでいこうと思っています。やはり次世代につなげるためには、いい人財を育てないと継続できません。これは、田中先生の「次のチャンピオンを育ててこそ本当のチャンピオンだ」という言葉に通じるものがあります。ちなみに、私の父は今、地元の四谷で総代表として相談役をしており、小中学校や商店会と町内の理事をするなど、地域社会に貢献する仕事をしています。私も60歳を超えたら、それを任せてもらえるほど、地元の皆さんに信頼され、愛される存在になっていたらいいですね。
理美容双方の良さをお客様にアピールして業界が発展することが願い
今後の計画や展開と読者の皆さんにエールをお願いします。
私は大きな夢や目標を掲げたら、今をしっかり見据えることを大切にしています。目標につながるための正しい選択肢を選び、行動するように心がけています。今後は、スタッフが育てば出店計画や様々な展開が可能になってくるので、まずは人を育てることを念頭に置いています。また、うちは祖父の時代から理美容の垣根なくサロンを展開してきたので、今後、理美容業界が手を取り合うような時代が来たら、私は双方における重要なポジションとして活動しなければいけないという使命感を抱いています。理容・美容、両方に携わり、どちらの良さも伝えられますから。それぞれの良さに磨きをかけてアピールすることがお客様のためでもあるし、そんな発展的な時代が来ればいいですね。最後に、皆様には、自分の可能性を信じて諦めないで顔晴(がんば)ってほしいと思います。後進にお手本を見せる指導者たちが憧れの存在になるべきです。そして、技術や信用は突然身につくわけではありませんので継続することが大事です。そのためにも、今を一生懸命に顔晴らないと明るい未来はやって来ません。先人、後進が手を取り合い、共に咲く喜びを感じられるよう進んでいきましょう。
木下 裕章(キノシタ ヒロアキ)
KINOSHITA GAIEN EAST STREET 代表取締役社長。東京都出身。東京美容専門学校、中央理容美容専門学校卒業。都内1店舗を経て実家であるKINOSHITAへ。東京・四谷を拠点とする老舗ヘアサロンの五代目としてサロン経営に従事。三代目(故小川実全理連中央講師)の頃から早々とユニセックスサロンの形態を確立。サロンワークを中心に、講師活動やコンテスト審査員、業界誌や、一般誌のヘアメイク、クリエーター集団コードMに参加し、広告やコンサートなどクリエイションの場でも活躍。また、技術や理論にも定評があり、数々の著書やDVDの発刊のほかに全国の理美容学校の講師としても活動している。
著書:
MEN'S NEW BASIC(プレアデスセンター)
MEN'S WORK CRAFTING(新美容出版)
KINOSHITA GAIEN EAST STREET
サロンコンセプトは「BEAUTY & YOUTH」で、英語で「青春」という意味です。日本語における青春とは「若く元気な時代や青年時代」を指しますが、英語の場合は年齢ではなく「いつまでも美しく若々しく過ごす」ことができれば青春をしていると言われます。KINOSHITAでは、お客様にいつまでも美しく若々しく「青春」をして輝いていてほしい。そんな願いを込めて日々サロンワークをしています。
シリーズ:この人から学ぶ、成功の秘訣「TBMG」
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木村 和彦さん(株式会社 友美) | この人から学ぶ成功の秘訣 TBMG
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