相澤須美子さん（藍美容室）| この人から学ぶ成功の秘訣 TBMG

高校2年生の夏休みの時です。自分の将来について悩んでいたところ、私が尊敬するある方から「将来は社会に貢献できる人材になりなさい」とアドバイスを受けました。その時、自分は何に適しているかを考え、小さい頃からおしゃれやヘアスタイルに興味を持っていたこともあり、美容師になろうと決意しました。一流の美容師になって、大勢の人々を美しくすることができたらどんなに素晴らしいだろうと。それから、卒業後は地元の美容学校に入学し、知人の紹介で東京のサロンでインターン時代を過ごしました。そのサロンでは約2年ほどお世話になりました。東京という憧れの地で、美容師として活躍することを夢見ていたのですが、現実は雑務ばかりでそのギャップに悩んでいました。当時は住み込みで、起床は午前6時の厳しい生活。このままでは、技術も満足にマスターできないと挫折感を抱き、実は3ヶ月で美容師を辞めようと石巻に帰ったんです。

実家に戻った私を母は厳しく叱りつけました。「わずか3ヶ月で辞めるようでは、どんな職業に就いても同じこと。せめて国家試験に合格して美容師の資格を取ってからその先を考えなさい」と言われたんです。それから東京に戻ってそのサロンで一生懸命に勤めました。ただ、このままの状態では自分の技術は伸びないと思い、新しい勤め先として3つのサロンを自分で探しました。いずれも面接を受けて内定をいただいたんですが、上京した母が見学をしてどのサロンも私には適していないと言うんです。さらに、石巻に全日本美容技術選手権大会で優勝した腕のいい先生がいるからそのサロンに勤めなさいと。どうやら母が心配して、私を採用してくれるように話を取り付けていたようです。東京で腕を磨きたいという夢はありましたが、一人娘だったこともあり、石巻に戻ることにしました。

石巻に戻って新しく勤めたサロンが美容すがわらです。ここの渡部怜子先生は全日本大会だけでなく、宮城県美容技術選手権大会でも3年連続で優勝を収めるなど地元では大変有名な方でした。そんな先生と出会ったことで私は大きな影響を受けました。当時はブロー技術がまだない時代で、カーラーを巻いたセッティングでの仕上げが主流でした。ワインディングが得意だった私はすぐにパーマを担当し、セッティングも任されました。さらに、怜子先生からカット技術のレッスンを受けるなど、美容師としての基礎を学びました。まだ、技術者になったばかりなのにコンテストにも出場させていただき、いろんな技術をマスターすることができました。そんな美容師として充実感を味わい始めた頃、叔父から独立を勧められたんです。一人前になってからではなく、独立して腕を磨く方法もあるよと。まだ技術も経験も足りず、私は独立するつもりはなかったのですが、なぜか話が進んでいってしまったんです。

私の父は11年間も病気で仕事ができず、母が1人で家庭を支えてくれていました。そんな状況だったので、叔父は私に独立を勧めたんだと思います。怜子先生にその話をすると心良く了承していただき、円満退社でいろんな相談にものっていただきました。ただ、当時の私はまだ独身で25歳。気になる空き店舗があったので場所の目星はつけていましたが、技術的にも未熟で本当に開店できるのか不安でした。しかも、経済的に資金もなくスタッフや集客面などかなり不安を抱いていました。それでも、なんとか準備をしてオープンし、母に手伝ってもらいながら最初は私1人で頑張りました。実は、その年もコンテストに出場して準優勝をいただき、それが新聞で大きく報道されたお陰でお客様が多数来られました。あの頃はコンテストでの優勝を目標に、毎日深夜2時頃まで猛特訓の日々でした。

当時は3ヶ月に1度のペースでコンテストに出場しました。初めは自分の実力のなさにショックを受け、東京のヒロコ勝沼先生のレッスンにも参加しました。まだ東北新幹線が開通していない時代だったので寝台特急で通いました。売上げのほとんどがコンテストの経費として消えましたが、それでも研究熱心な美容室だという嬉しい評判をいただきました。店内にはトロフィーを多数飾っていたので、それが技術の証しになったようです。コンテストは自分の実力が分かるし、短期間に集中してレッスンに励みます。それが技術の上達と同時に集客にもつながったようです。時には1日で36人も接客しました。お客様の中には私の作ったスタイルを気に入ってくれて、その帰りにお友だちを連れて来られるなど、常にお客様に応援していただきました。だから、集客に関する宣伝は一切やらずほとんどが口コミとご紹介でしたね。

順調に売上を伸ばし、4回も増改築をし、スタッフ用に女子寮を用意できるほどになりました。一度、信頼していたスタッフから裏切られ、人間不信に陥ったこともありましたが、自分の教育方法を見直し、きちんと指導することで乗り越えました。最初の店舗は13年ほど営業し、購入していた土地に自社ビルを建てて現在の場所にサロンをオープンしました。移転して今年で25周年になります。その間、結婚と出産をし、お客様を第一に考えて経営に力を入れるためコンテストをリタイアしました。そして2011年3月11日、あの東日本大震災が起きたんです。

大きな揺れで一瞬にして停電になりライフラインが断たれました。その時はお客様が１人いて、スタッフと一緒に避難しましたが、私はお店から逃げる事はできませんでした。「このお店で死ねたら本望だ。私はこのお店の主なんだ」という思いが湧いてきたんです。幸い建物に大きな影響はなかったのですが、その後の津波によってサロンは天井付近まで水没。目の前が真っ暗になりました。この近辺は内陸部なので徐々に増水し、水が引けるまで5日間かかりました。それまで私たちは2階の自宅で避難しました。余震も続きましたが、私は自分のお店から離れるつもりは一切ありませんでした。落ち込んだのも2～3日のこと。その後すぐに「お店を再開しなくちゃ」と思ったんです。入浴もできない状態でしたが、なぜか明るさだけはありました。前に進むことしか考えられませんでしたね。

大震災から数週間後にライフラインが復活しました。それから山形県のディーラーさんやタカラベルモントさんの応援で2階の着付けルームと自宅を改造して、わずか1ヶ月後には営業を再開することができたんです。嬉しいことに新規を含め、大勢のお客様が来店されて嬉しい悲鳴を上げました。皆さん辛い状況の中でしたが、お店に来て、カットやカラー・シャンプーなどの施術を受け、本当に嬉しそうにしてくださるんです。何度も何度もお礼を言っていただき、沢山のお客様の笑顔に触れ、改めて「美容師でよかった」と感じました。その後、さまざまな復興支援を受けながら、その年の8月にはリニューアルオープンをすることができました。わずか1ヶ月という短期間での工事でした。いろんな面で私たちは恵まれていたと本当に感謝しています。起きてしまったことは仕方がない。それより、なんとか復活して再建したいといつも前向きに考えていました。ただ、震災で亡くなられたお客様がいたことが本当に残念です。

先の大震災で甚大な被害を受けましたが、改めて美容師が素晴らしい職業だと再認識しました。技術があれば必ず立ち上がれます。しかも、お客様を美しくし、感謝され、お金までいただくなんて、こんなに素晴らしい職業、他にあるでしょうか。私は今年で64歳になりますが、まだまだ現役でお店に出るつもりです。震災でお客様の大切さを再認識し、お客様に恩返しをしたいと思い、カットスクールに通って基礎から勉強をし直しました。コンテストにも再チャレンジしています。再び、こんな風に頑張れているのは、震災が美容師の仕事の素晴らしさを教えてくれたからだと思っています。私は街だけではなく人間も復興が大事だと思います。何事にも本気で取り組む姿勢が必要だと震災を経験して感じました。窮地に立たされた時ほど頑張って立ち上がることです。それによって必ず光が見えてきます。だから、この世界で頑張っている若い人たちも決してくじけずに信頼される美容師になってほしいですね。実は、震災をきっかけに息子が美容師を目指すことになりました。現在、美容学校の2年生。還暦を迎えていい跡取りができたなと思っています。将来、今のお店を建て替え、私は1階、息子が2階で、二世代サロンができたらいいですね。その夢を叶えるためにも、まだまだ引退するわけにはいきません。私もチャレンジして頑張っていきます。