尾﨑隆司さん（INSOLITE BEAUTE）| この人から学ぶ成功の秘訣 TBMG

私の両親は、淡路島で理容室を経営しています。実は子供の頃は家業を継ごうとは考えていませんでした。ところが、高校1年の夏に大学進学をあきらめて、この世界に入ろうと思ったのが美容師になったきっかけです。最初は、進む道を理容か美容かで迷いましたが、学校の先生や周りの人から、美容の方が様々なスタイルや技術を幅広く学べるのではとアドバイスされて、美容師を選びました。決意した頃から、将来は東京のサロンで働きたいという夢を持っていたので、美容学校は東京の学校と決めていました。だから、地元の関西の美容学校に入学するという考えはまったくなかったですね。上京後、松井東夫美容室(現テンハーフ)というサロンに入社し、学校は通信課程で学びました。淡路島の田舎から上京してきたので、東京という都会的な街の雰囲気に圧倒されて、ショックを受けたことを覚えています（笑）。

当時は寮生活で、上下関係はとても厳しかったです。しかも、寮に帰ってからもレッスンをしていたので、毎日が美容一色の生活でした。当初は、5年を目安に、実家に帰って家業を継ぐ予定でいました。両親からも、そんな約束で東京に出してもらいましたから。ところが、5年では全然形になっていませんでしたし、帰ることは忘れてしまっていました。実家からも帰ってこいの連絡もないし、帰省したのも数回でしたね。当時の思い出は、ルベルのワインディングコンテストに出場して関東大会で上位に入賞し、サイパンで行われた全国大会に出場したこと。みんなでサイパンに行こうって頑張って、結局私一人だけが行けたんですが、サイパンに行けることが嬉しくて舞い上がってしまい、本選ではあまり良い結果は残せずでした（笑）。その頃は、夜の3時までレッスンをして寮に帰り、朝は6時からまたレッスンをしていました。だから、『ピンクレディーより寝てないよな』って冗談を言ったりしていました（笑）。でも、それが苦にはならなかったですね。それくらい練習するのが当たり前という感覚でしたから。周りのスタッフたちも、天下を取ってやろうっていうくらいモチベーションが高かったので、そんな仲間に触発されて私も頑張りました。

結局テンハーフでは、約16年お世話になりました。最終的に私は代表としてサロンの運営やスタッフ教育などすべての面を任されました。その当時で一番勉強になったのは、やはり『人を育てる』ということです。そのような恵まれた環境の中で、色んな経験をさせていただいた事が私にとって大きな財産となりました。たくさんのことにトライさせていただき、また失敗も経験しました。中でも一番記憶に残っているのは、当時新店舗をオープンした際、アシスタントがオープン当日に置き手紙をしてみんないなくなってしまったこと。前日には盛大なオープニングパーティーをしたのに・・・。途方に暮れましたね。そんな時、バックルームにあった小さなホワイトボードに、一人のスタッフが「みんなで頑張ろー」と書いてくれました。勇気をもらいましたよ。トップの人間ってすごく孤独を感じると思うのですが、その言葉に「一人じゃないんだ」って励まされましたね。当時ヤクルトの監督だった野村克也氏が、「勇将の部下に弱兵なし」と言っていたのが心に浮かび、ホワイトボードのスタッフの言葉の下に書き足しました。そのホワイトボードは15年以上経った今でも消される事なくバックルームにかかっています。それと、一生懸命に指導したスタッフから、突然『辞めさせてください』と言われた時は、ショックを受けて落ち込みましたね。ところが、ある事がきっかけで、私が好きでやっている事なんだから、彼らから恩を返してもらわなくてもいいんだと考えられるようになってから何かが変わり始めました。それから、不思議なことにスタッフが辞めなくなったんです。多分、私の教え方に問題があったんでしょう。当時は、相当厳しく指導しましたから。それが彼らにとって、プレッシャーになったんだと思います。

独立に関して言えば、私はとてもラッキーでした。会社から新しい店舗の出店計画があると言われ、そして今の店を私の店として営業していいという話でした。テンハーフに入社して16年。それもスタッフも数人一緒に移動することも許されたのです。本当に恵まれていたと思います。テンハーフのオーナーには大変感謝しています。それから独立の準備、楽しさと不安が入り混じりながら、毎日頭の中は新しい店のことばかりでした。しかしちょうどバブル崩壊の後でしたので、資金の調達等は本当に厳しかったです。それでも、みんなで頑張りました。体育会系のノリで、男所帯。もちろん女性スタッフもいましたが、彼女たちも男性並みに働いてくれました。それから4年後、そのサロンを現在の場所に移転させ、フロアも広くアジアンリゾートの雰囲気でお客様にゆったりとくつろげる美容室を目指して、再スタートしました。

集客に関して言えば、私の店は広告宣伝はしなかったです。広尾という立地から、あまり効果は期待できませんでした。それよりも、技術やサービスを向上させたお陰で、お客様の口コミによる宣伝効果が大きかったと思います。それと雑誌の撮影の仕事もさせていただいたので、その効果もあったと思います。ただ最近はその雑誌効果もあまり期待できなくなってきたみたいですが・・・。テンハーフ時代に、講談社出版の「ヘア＆ビューティー」という雑誌のページを担当させていただいたことがありますが、何回か担当させていただいているうちにヘアのページを丸々全部担当させていただけることに。今となっては、あのころの経験が本当に大きなものだったと感じています。独立してから11年経ちました。感謝でいっぱいです。お客様にはいつも最高の「時」を過ごしていただきたいと願い、技術だけではなくホスピタリティーを大切にする様にしています。

現在私は、業界誌で「ホスピタリティー」をテーマにしたコラムを担当させていただいています。毎回他業種の接客のプロの方々とお話をさせていただき、サロンワークやスタッフ教育に、また美容師仲間へとフィードバックしています。接客のプロの方々から学ぶことは本当にたくさんありますよ。「美容師」としての接客方法を見直す大変良い機会です。私はこれまで十分なサービスをしていたと勘違いしていたようです。他業種の方とお話することで、自分たちの今のサービスではまだまだ足りていなかったことに改めて気づきました。お話だけではなかなかわからない事もあるので、実際に一流と呼ばれるホテルに宿泊して最高のサービスを体験したりしながら、サロンワークに取り入れようと考えています。しかしながら、そのレベルに達することは容易ではありません。何故なら、現在の美容業界には、基本的な土壌が無いと思うからです。

一流ホテルやレストラン、あるいは飛行機のファーストクラスの接客を体感すると、我々が今までやってきたサービスに疑問を感じるわけです。ほとんどの美容師さんたちは、自分がきちんと出来ていると思っているのではないでしょうか？しかし実際、そんな質の高いサービスは、美容学校やサロンでは教えてもらわないですよね。その差は歴然です。私たち美容師は「技術」主体の教育を受けているので、サービス業だという認識は非常に薄いわけです。私自身もわからない事が多かったので、一流ホテルに宿泊し、身を持って高級なサービスを体験しました。ホテルマンの試験は、サービスの試験です。今、日本には一泊10万円というホテルが増えています。そしてそのお部屋が予約で一杯です。高級レストランも何ヶ月も先まで予約が取れないという話を耳にします。では例えば、カットだけで1万円という料金はどうでしょう？高い美容室だなと思われますが、その技術とサービスがよければ、私は決して高い金額ではないと思います。高い技術のカットなら2ヶ月はきれいなスタイルを保てるのではないでしょうか。では1泊、数十万のホテルを高いと感じさせない、値打ちを感じさせるその理由は何だろうとよく考えています。

美容師は休日返上で寝る時間も惜しんで毎日レッスンしている人が多いと思います。自費でセミナーやショーに参加することもあります。それでカットが数千円というのは、やはり考えさせられますね。ニューヨークではすでにカットで1000ドル（約10万円）チャージするサロンが存在しています。それは、それ相当の評価を受けているという事。もちろん、単純に比較できるわけではありません。文化や色々な問題、個々のサロンの意識の違いもあります。でも後世の人たちのために日本の美容業界の将来を考えると、やはりプロフェッショナルであると胸を張って言える職業、そう言える技術とサービスを兼ね備えていたいと思うんです。そんな事を話すと怪訝な目で見られたりしますけどね（笑）。美容師の年収は他のサービス業と比較しても低いのが現実ですから、その点も考えるべきだと思っています。

お客様へのサービスの向上だけではなく、今、私のサロンでは「カーボンオフセット」に取り組んでいます。これは日本の美容室では初めての試みではないかと思います。私は今まで、髪の美しさを追及しながら、髪や人に優しく、また環境にやさしい商品を導入してきました。また水による「ナノケア」をスタートさせています。そしてさらに環境への思いを反映するために、このカーボンオフセットを導入しました。これは今世界中で話題になっている「温室効果ガス」CO2排出に対する取り組みです。発生させてしまった二酸化炭素の量を何らかの方法で相殺し、排出を実質ゼロに近づけようと言う発想です。パーマ施術を行う事で必要とする電力＝CO2が発生します。そのCO2の量を計算して、それに匹敵する料金を支払うことでCO2を相殺＝カーボンオフセットしたいと考えました。水パーマ1回分（15,750円）で匹敵するカーボンオフセット料金は69円。これを重さに換算すると13.8kgで、成木が1年間に吸収するCO2量に相当します。つまり、69円支払うことで木を1年間育てる環境貢献につながります。そんな取り組みもスタートさせ、店のシステムを少しずつ確立させながら、良い評価をしていただけるよう努力していきます。それはサロンのスタッフたちのことも考えたひとつの手段でもあります。最後に、これから美容師を目指す若い人たちには、どんなことにもくじけず頑張ってほしいと思います。たくさんのハードルを越え、壁にぶつかるときもあると思いますが、負けないで乗り越えて行ってほしいです。いつか素敵なお客様の笑顔と「ありがとう」の言葉を受け取ることが出来る日まで･･･。