八木岡聡さん(DaB)

八木岡聡さん(DaB)| この人から学ぶ成功の秘訣 TBMG

ライター 前田正明 | カメラ 更科智子 | 配信日 2008.11.6

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自分の仕事が正当に評価されるそんな美容師を選択

私は、高校時代に将来の選択肢として3つの職業を考えていました。それは、ファッションデザイナーとケーキ屋さん、そして美容師。それぞれの専門学校で願書を取り寄せましたが、最終的に美容師になろうと思いこの世界に入りました。実はそれまで、美容室でカットをしてもらった経験がありませんでした。当時は、男性が美容室に行くことは少なく、男性美容師も多くはなかった時代です。ただ、東京の有名サロンではヴィダルサスーンの影響を受けた美容室が話題になるなど、少しずつ男性が美容に進出するそんな時代背景でした。そこで、ファッションデザイナーになるにはかなりの才能が問われるだろうし、ケーキ屋さんは職人気質で下働きが大変そうに感じました。美容師も下積みが大変そうでしたが、自分の仕事をきちんと評価されてやった分だけ報酬がもらえる、そんな職業だと考えていました。同時にそれは、プロとして生きていける世界だというイメージがありました。職業観を考える場合、生産性の効率やラクに儲けられることを考えがちですが、私は一生懸命やったことがきちんと評価される、言わば原始的な仕組みの仕事の方が向いているという思いがありました。だから、美容師を選びました。

八木岡聡さん(DaB)

もっと素敵なものを作りたいという意欲がわいてきた

専門学校時代は、しっかり技術をマスターしようと一生懸命でしたね。当時は、正確性やスピード性が求められ、それが上手い美容師として評価される分かりやすい時代でした。今のように、センスや複雑なテクニックを問われることはあまりなかったです。日本の美容界が変革してきた背景において、きちんと正確な技術を身につけられたことは、私にとって大きなプラスだったと思います。そして、SHIMAに入社してからは、今まで練習してきた技術でお客さまに接していて、『このままでいいのだろうか』とか『ファッション性やモード性ってなんだろうか』という疑問が出てきたんです。つまり、もっと素敵なものを作りたいという意欲がわいてきたんですね。そんな思いが次第に高まり、SHIMA時代に業界誌だけでなく一般誌も手がけたいと思い、出版社にアプローチをしてさまざまなアクションをおこしていきました。もっとヘアデザインを一般的に広めるように、編集者にいろんな提案をしながら、SHIMAというブランドを売り込んでいきました。

DaB omotesando hair salon

伸び盛りのサロンとともに自分自身を成長させた

そもそも私がSHIMAに入社したのは、美容学校で、伸び盛りの先生がいると紹介されたのがきっかけでした。私は、専門学校時代に約50軒のサロンでアルバイトをしていましたが、あまり美容業界のことを知りませんでした。ただ、当時の嶋先生の想いに深く共感し、この人について行きたいと思い入社を決意しました。嶋先生は私に「私は将来、日本一の美容師になる」とおっしゃったんです。その頃のSHIMAは、西荻窪にある10坪くらいの小さなお店でしたがすごく流行っていて、強く感じるものがありました。当時もブランドサロンはいくつかありましたが、私はこれから大きくなろうとしているサロンに入社できたので、自分も同じように成長できたんだと実感しています。今の若い人は、青山や表参道のサロンを志望する、言わばブランド志向があるようですが、小さいサロンでもチャンスはあるし、それは地方にいても同じことだと思います。要は、自分自身の考え方と努力次第。私はSHIMAで頑張れたことが自分にとって大きなプラスだったと感じています。そんなSHIMAには約15年間在籍していました。当時の私は常に西洋のファッションやモード性に興味を持っていて、憧れを抱くうちに、いずれは海外に行きたいと考えていました。

「SAKURA GIRL」(髪書房)より

24歳で総店長になりヘアショーや雑誌撮影を展開

SHIMA にいた頃は、サロンワークをしながらいつも海外に興味を抱いていました。当時の日本は、欧米文化に対して強い憧れを持っていた時代ですから、私も洋書を読んで海外のモードやファッションを勉強しました。それと、私がこうして仕事をしている間にも、西洋にはもっとすごいことをしている美容師がいるんじゃないかと架空のライバルを想定して、一人で焦っていたこともありましたね(笑)。そんな憧れや強い刺激を西洋から受けていました。ただ、私もヴィダルサスーンで学んだ経験があり、海外に行かなくても日本でできるんじゃないかという自信もありました。その後、私は21才で店長を、そして24才で総店長を務めました。その頃、サロンでヘアショーを開催したりヘアカタログの撮影をするなど、美容界での先駆けとしていろんな活動を展開しました。嶋先生も現場から引退された時期で、サロンの組織を変革したり教育マニュアルや試験を再構築するなどすべての面を任されるようになりました。

DaB Image Photo 2008 Spring&Summerより「Blaster★」

SHIMA退職後に渡仏してフリーランスとして活動

それからSHIMAが徐々に支店を増やして10店舗になり、スタッフも250人まで増えました。その頃、ニューヨークに支店を出そうという計画があり渡米したんですが、計画が中止になり1年半で帰国。そして、日本に戻って2年半でSHIMAを退職してその後フランスに渡りました。それは、よりクリエイティビティーな感性を体験したいがための選択でした。やはり、モードのルーツという部分で、パリには大いに興味がありましたから。パリでは雑誌や映画の撮影などを手がける、フリーのヘアアーティストとして約3年間滞在しました。思い出に残っているのは『マダムバタフライ』という映画でチーフヘアデザイナーをさせてもらい、チュニジアに9ヶ月間くらいロケに行ったことですね。そこはあたり一面砂漠で、とても刺激的な仕事でした。よく、美容師はハサミ1本持っていればどこでも仕事ができると言われますが、ここでは無理だなって思いましたね。みんな髪を隠していますから(笑)。映画監督はフレデリック・ミッテランという人で、フランスのミッテラン元大統領の甥でした。その人のお陰で、ミッテランの別荘に招かれたこともありましたね。

八木岡聡さん(DaB)

映画のロケで体験した仕事を得ることの厳しさ

ロケは、砂漠の真ん中にセットとロケ村を作って撮影が行われました。驚いたのは、砂漠なのに大勢の人が集まってきたことです。貧しい地域ですから、仕事を求めて人が殺到してきました。そして、周りを囲む柵の中にはマフィアみたいにピストルを持っている人がいるんです。中には泥棒とかもいましたからね。さらに、ゲートボーイがいて、手動のゲートによって人の出入りを制御していました。当然、ロケ村にはレストランやいろんな建物が作られているんですが、ドアノブを買うより人を雇った方が費用が安いので、1つのドアに人が1人ずつ立っているんです。また、トイレも水洗ではないので、水を流す人もいました。つまり、定職がない環境ゆえにみんな仕事を求めているので、設備を整えるよりも人を9ヶ月間雇った方が安いんですね。これにはさすがに驚かされました。私たちは、日頃から都会的な環境で便利なものに囲まれて生活していますが、それは当たり前の事ではないんです。ドアの開け方が悪いとすぐにクビにされて、他の人に仕事が回ってしまう。そんな現実を目の当たりにして、発展途上国において生きていくことは本当に厳しいんだと痛感させられました。そして、仕事を得て生活していくのは、本来は過酷なんだと実感しました。

DaB Image Photo 2008 Autumn&Winterより「Sassy」

才能のある人と出会えることが最高の喜び

私は映画のロケを通じて、働くことの厳しさと発展途上の国で生活していくことの過酷さを知らされました。私たちは、ある意味で生活が保障されていて、プロとして身につけた才能をどう生かしていくかという、発展的に物事を捉えられるシチュエーションにいます。だから、それを持っているのに生かせない人はもったいないと思いますね。恵まれた環境にいる人は、今まで受けた教育や知識を最大限に生かすべきだと私は思います。チュニジアでは、仕事を求めるため学校に行けない子供もたくさんいましたから。フランスではそんな映画の撮影以外に、ナイジェル・スコットという有名なカメラマンとコラボレーションもしていました。彼はカナダ系のジャマイカ人で、 10代からボブ・マーリーを撮影していた憧れの人です。彼から受けた影響は大きく、自分が想像していた以上の作品に仕上げてくれたのには感動しました。それは、お互いの才能が相乗効果で組み合わさり、最高の作品として結実した証しです。そんな作品作りに参加できたことは最高の喜びでした。フランスでは彼以外にもいろんな才能のある方と出会いましたが、それぞれの出会いが私にとっての大きな財産となっています。

「SAKURA GIRL」(髪書房)より

自分がほしい物や使いたい道具で仕事をしたい

私はSHIMAを退職してフランスに渡り、美容師としてサロンワークを8年離れていました。フランスから帰国してDaBをオープンした当初は、集客と資金面で苦労しました。ただ、代官山という立地条件とカラーブームという追い風があり、1年半ごとに2つの支店をオープンすることができました。その後、順調に伸びて新規のお客さまだけで1ヶ月に500人も来られたこともありました。サロン作りのコンセプトは、当初からずっと『キュート&クール』。手がけるスタイルや店舗イメージにおいても、可愛さとカッコよさの融合を提案し続けています。今ではサロンワークを中心に、デザイナーとして商品開発などにも従事しています。 20代の頃はヘアデザインに心血を注ぎ、30代は仕事をデザインすることに関心が高まりました。それは、仕事に関わる環境やイス、あるいはさまざまな道具やプロダクツにいたるまで、自分の求める物や使いたい道具で仕事をしたいという願望の表れからです。40代になってからは、生活をデザインするという考えに変わったので、今後はそんな商品開発もできればいいですね。

Maccow Evolution(タカラベルモント株式会社)

若い人は継続することで美容の楽しさを見つけてほしい

今後の計画としては、DaBというブランドを再構築しながら今のスタッフが望む方向に展開したいと考えています。例えば、今までやらなかったヘアショーを開催するなど、スタッフの希望を実現させながら、次のステップとして新しいDaBのブランドを作っていきたいと考えています。最後に、この業界に携わる若い人に対して、美容師が本当に素晴らしい職業だということを言いたいですね。私は33年間も美容師をやっていますが、身を持って実感しています。私の若い頃と違って、今の若い人には自分が理想とする美容師像があると思います。そのイメージが具体的だからこそ、実際のギャップに悩んだり失望感で辞めていく人が多いのではないでしょうか。でも、若いうちは、技術や好みがどんどん進化していくので、長く続けていかないと分からない部分があると思います。だから、性急に一瞬で判断するのではなく、長く続けることで美容のよさや楽しさを見つけてほしいと思います。どの仕事でもそうでしょうが、継続力は重要な要素だと思います。ギャップや衝突することがあっても乗り越えるパワーが必要だし、お客さまの喜びを肌で感じられる仕事だと思うので、美容の本質をしっかり捉えて頑張ってほしいですね。

八木岡聡さん(DaB)
八木岡聡さん(DaB)

八木岡聡(ヤギオカサトシ)

株式会社ビタミンズ代表取締役。DaB代表。神奈川県出身。山野美容専門学校卒業。1975年株式会社アイランド(SHIMA)に入社。ヘアデザイナー、ディレクターとして活躍。'89年渡米、’93年渡仏。'95年に株式会社ビタミンズ設立。DaB HAIR MAKE OFFICEを開設。DaB daikanyama hair salonを開設。 '97年にDaB MIX hair salonを開設。'98年にDaB design officeを設立。'99年にDaB omotesando hair salonを開設。2000年にグッドデザイン賞を受賞。'02年に自身の作品展『PRIMITIVE DESIGN』を開催。現在、都内に3店舗を展開。ヘアデザイナーとしてサロンワークを中心に活動し、インテリア及びインダストリアルデザイナーとして器具のプランニングやデザインを手掛ける。また、化粧品の開発及びディレクション等にも従事する。

※2008年11月6日現在

シリーズ:この人から学ぶ、成功の秘訣「TBMG」

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