ファッションや食はもちろん、最近では商業建築においても「サステナブルであること」が重視されるようになっています。とはいえ、サステナブルと言われてもピンとこないという方も多いかもしれません。そこで今回は、月刊『商店建築』編集長の塩田健一氏をナビゲーターに迎えて実施した、若手空間デザイナー3名による座談会をレポート!サステナブルなサロンやクリニックの空間デザインとはどんなものか、基礎知識から環境に配慮した建材の魅力、そのメリット・デメリット、未来の姿まで、2回にわたり語っていただきます。
月刊「商店建築」とは?
レストラン、ホテル、ファッションストアなど最新のストアデザインを、豊富な写真で紹介する専門誌。デザインコンセプトや図面、仕上げ材料など、インテリアデザイナーや建築家、店舗開発に携わるすべての方に有益な情報が満載。1956年の創刊以来、日本の商空間、店舗デザインを記録し、国内外に発信し続けています。空間デザイナーにとって、本誌に自身のデザインが掲載されることは夢のひとつとなっています。
座談会メンバー
ナビゲーター/塩田 健一(しおた・けんいち)
月刊『商店建築』編集長。東京都生まれ。工学院大学大学院修了後、2006年より『商店建築』編集部に所属。2017年2月より現職に就任。
※2024年8月現在
タカラスペースデザイン株式会社の3名のデザイナー
デザイナー/松原 このみ(まつばら・このみ)
1990年東京都生まれ。武蔵野美術大学造形研究科工業デザインコース修了。2016年にタカラスペースデザイン株式会社入社。サロン空間からクリニック空間まで幅広くデザインを手掛け、社内コンペで金賞受賞など実績も豊富なデザイナー。繊細な感性でお客さまの想いを汲み取った提案・空間づくりが得意。
デザイナー/篠崎 海(しのざき・かい)
1992年東京生まれ。工学院大学大学院建築学専攻卒。2016年タカラスペースデザイン株式会社へ入社。ヒトとモノのヒエラルキーを基に空間を構成し、素材の魅力や表情が表立つデザインを得意とする。建築業界誌等にも多く掲載され、更なる活躍が期待されている。
デザイナー/林 優佑(はやし・ゆうすけ)
1994年奈良県生まれ。大阪市立大学工学部都市学科卒。京都府立大学大学院生命環境科学研究科環境科学専攻修了。2019年タカラスペースデザイン株式会社入社。世界観やストーリーを重視した設計で、シンプルかつ独創的なサロン空間デザインを手掛ける。近年、建築業界誌などにも多く取り上げられている期待の若手デザイナー。
※2024年8月現在
Index
サロンのコンセプトにナチュラルなサステナ建材がしっくりはまった
>自然な風合いが住宅のような温かみをもたらすクリニック、サロン空間
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そもそもサステナブルなサロン空間デザインってどんなもの?
「サステナブルなサロン空間デザイン」とは、ごく単純化して言ってしまえば「空調をなるべく使わない、自然環境に配慮した空間」「自然素材や再生素材などの環境負荷の低い材料を使った空間」だとは思うのですが、みなさんはどう思いますか?
オーナーさまが思い描くコンセプトを実現しつつ、売り上げアップを目指すためには、空間デザインが重要な役割を果たします。そのデザインにサステナブルな建材(以下、サステナ建材)を組み合わせることで、ビジネスの成功と環境保護の両方に貢献できるものが、「サステナブルなサロン空間デザイン」なのではないでしょうか。
そうですね、オーナーさまが求めるコンセプトに合致しているかどうかは大前提ですね。サステナ建材自体も、以前から比べると色や厚みのバリエーションが増えつつあり、それが提案のしやすさにつながっていると感じます。
確かにここ最近、魅力的なサステナ建材をよく目にするようになりました。もう少し色柄のバリエーションがあるとうれしいというのが本音ですが、使う機会は増えていますね。
日頃サロン空間をデザインする中で、既に自然な形でサステナ建材を取り入れているんですね。そもそもの話になりますが、空間設計には「建築」「内装デザイン」と2つの領域があって、これまでは主に環境負荷の高い「建築」の領域で、廃棄物をゼロにするゼロミッションなどの取り組みを進めていたと思うんですよ。
確かに「内装デザイン」の領域でサステナブルが重視されるようになったのは、ここ最近のことですね。
サステナ建材を取り巻く現在地
そうですね。『商店建築』では、「サステナブルと空間デザイン」という特集を2022年1月号と、2024年3月号で2回組んでいます。なぜかといえば、2000年代頃は衣服の繊維を固めた再生素材のようなわかりやすい特徴がある、いかにもサステナブル的な素材や建材が大半でした。それが、2022年1月号で最初にサステナ建材を取り上げた頃から、建材そのものが持つ風合いや素材感が魅力的なものが増えてきて、面白いなと思ったからなんですね。
2024年3月号では、デザイナーを対象に、環境配慮型の空間に関するアンケートを実施しました。上記の結果を見ると、思った以上に多くのデザイナーが環境への配慮を意識した設計を行い、自然素材・天然素材を使用していることがよくわかります。みなさんにもこのアンケートに回答いただきましたが、この結果についてはどう思われますか?
私たちデザイナーは、新しい建材はないかと常にアンテナを張っています。そういう意味で、私自身はサステナ建材を新しい建材の一つとして捉えています。「地球に優しいから使う」のではなく、「新しくて魅力的な建材だから一度使ってみよう」と考えた結果、環境に意識した設計になっている、というところがあるのかなと思います。
人工物より自然なものを求めるほうへマインドが変化
オーナーさま側からは、環境配慮やサステナビリティに関する要望に変化はみられますか?
「環境配慮型の店舗にしてほしい」と求められたことは、今のところはないです。サステナ建材を使うのは、あくまでオーナーさまのキャラクターや作りたいお店のイメージに合致するかどうかですね。
一方で、サステナやSDGsは時代のトレンドでもあり、いまや意識して当然のものになりつつあります。新しい建材をオーナーさまに提案する際、「これは私も使ったことがない建材なのですけれど、どうなんでしょうね」というふわっとした説明ではなく、「これはサステナ建材なんです」と説明することができるのは大きいですね。オーナーさまはSDGsを目的にしていたわけではないけれど、「そういう時代ですからね」と新しい建材に対して、興味を持っていただけるという面はあります。
オーナーさまもデザイナーさんも「時代の気分」として、人工的な空間やリサイクルなどを前提としない内装に違和感を覚えるようになり、マインドセットが変わってきたということを感じますね。
私は長く使っていただける空間が環境配慮につながると思うので、耐久性の高いサステナ建材を提案することが増えています。ただ、耐久性が高いぶんコストが割高になってしまうので、オーナーさまが気軽に選べないという点は、残念なところです。
では、そのあたりのサステナ建材の課題なども含め、次からみなさんが手がけたプロジェクトの実例をもとに、サステナブルなサロン空間づくりのポイントを深掘りしていきましょう。
天然由来の素材「リノリウム」が生み出す、古くて新しい空間
林さんが空間デザインを担当された「HIKARIS nakazaki &」は、床材にリノリウムを使っているんですね。
サロンのコンセプトにナチュラルなサステナ建材がしっくりはまった
リノリウム自体はもともと古くからあった、汎用性の高い建材です。この「マーモリウム ココア」というリノリウム製品は、亜麻仁油や石灰石、木粉といった天然の再生可能な原材料を使って作られています。清掃性が高く使い勝手のよい塩化ビニール(以下、塩ビ)製タイルなどの登場で需要が減っていたのですが、最近の環境意識の高まりから、見直されてきています。細かい粒々のある自然な風合いは、チョコレートの製造時に出るカカオ豆の殻などをアップサイクルしたことで生まれたものです。
アップサイクルというのは、本来は廃棄物となるものに付加価値を持たせて、新たな製品に生まれ変わらせることですね。どういう発想で、リノリウムを使おうと考えられたのですか?
「HIKARIS Narasaki &」はヘアサロンをチェーン展開されている企業さまのプロジェクトだったんです。サロンのある大阪の中崎町は、東京でいえば高円寺のような古着屋さんの多い、サブカルチャーが息づく街。そして、店舗は2階建ての古民家をリノベーションしてサロンするということで、こうした街や店舗のイメージと、リノリウムの「歴史があるのに新しい」という点に相性のよさを感じたので、提案したら「使ってみたいね」と。
やはりサステナブルやSDGsありきではなく、お店のイメージやコンセプトに沿った提案が大事だということがよくわかります。
ただ、先ほど松原さんもおっしゃっていたように、コストはどうしても割高になってしまいます。サステナ建材と一般的な建材との価格差は縮まってきてはいますが、カットしたり加工したりする際にどのくらいの手間が発生するか読めないというのも、割高になる一因です。
施工費も関係しているんですね。
また、サロンの床材は付着したカラー剤の落としやすさなどのメンテナンス性も重視されます。リノリウムはメンテナンスの仕方が若干塩ビとは違っていることや、塩ビに比べるとやや色がつきやすいんです。
実際に体感してはじめてわかるサステナ素材の魅力
そういうデメリットは、どうやってお客さまにご理解いただくのですか?
リノリウムのほか、塩ビのタイルや長尺シート(シート状の床材)などを何種類も揃えて、カラー剤の落としやすさをテストしてもらいました。やはりリノリウムは少しだけ色残りする場合もあるという結果になって、経営陣の中では長尺シートに傾いたのですが、現場の美容師さんが「他にはない、このリノリウムの自然な風合いが好きなので、一回試してみましょう」と言ってくださり、リノリウムで進めることになりました。
苦労された甲斐がありましたね!
実際に使っていただくと、やはり塩ビにはないよさがあるので、「迷ったけれど、使ってよかった」と言ってくださって安心しました。気になるほどの色残りも今のところなさそうです。
自然な風合いが住宅のような温かみをもたらすクリニック、サロン空間
松原さんも「Pクリニック(仮称)」や「LINCA voyage」でリノリウムを使っていますね。クリニックでは、空間デザインについてサロンと違った要望が出てくるのでしょうか?
どういうデザインにするのか、明確なイメージをお持ちの方はあまりいらっしゃらないかもしれません。ただ、クリニックは信頼感や安心感が大切な場所というのが大前提にあるので、温かみがあって、色柄のバリエーションが比較的豊富なリノリウムは、クリニックの空間と相性がいいんです。それをベースにお客さまの要望を汲み取りながら、コンセプトや建材をご提案していきます。
「Pクリニック(仮称)」で使ったリノリウムの床材は、カラフルですね。
産婦人科のクリニックということで、来院された方が明るい気持ちになれる雰囲気を心がけ、空間ごとに異なる色の床材をご提案しました。院長先生も気に入ってくださって、待合室のイスの色は床材に合わせて発注されていました。
「シザーケースがぶつかって傷がつく」という悩みを解消するリノリウムファニチャー
「LINCA voyage」では、どこにリノリウムを使っているんですか?
ミラーを支える柱や天板の仕上げ材として、「ファニチャーリノリウム」という製品を使っています。素材感が素敵で、使ってみようと思っていた素材でした。
林さんが使った素材感のあるリノリウムとは、またひと味違った雰囲気ですね。左官仕上げのようなかすかな凸凹やマットな質感に、塩ビとの違いを感じます。
どのようにオーナーさまに提案されたんですか?
「ファニチャーリノリウムは傷に強くて耐久性が高いので、シザーケースがこすれたりぶつかったりして傷がついてしまう箇所に使ってみるのはどうでしょうか」とお伝えしました。
なるほど、提案のしかたも大事ですね。「サステナ建材だから」「素材感がいいから」ではなく、オーナーさま目線でメリットを打ち出したところが刺さったのかもしれないですね。
「温かみのある雰囲気で」とのご要望だったので、ファニチャーリノリウムの素材感が、この空間にしっくりなじむというのは大前提でした。ただ、それだけだと多少チープ感があっても割安な素材のほうに気持ちが傾いてしまうこともあるので、プラスアルファのご提案をした感じです。
こうした素材感のあるサステナ建材を使った空間は、住宅のような雰囲気があって、今の時代を象徴するものだと感じます。
サステナブルなサロン空間づくりのポイント
★長く使える空間づくりがサステナビリティにつながる
★オーナーさまが思い描くお店のコンセプトとサステナ建材の相性が大切
★割高というデメリットを越える新しい建材としての魅力や耐久性を持つ素材も多い
サステナブルな空間デザインが、環境にやさしいだけでなく、サロンのコンセプトを魅力的に体現するものであることが見えてきたのではないでしょうか。
vol.2では引き続き具体的なプロジェクトをもとに、サステナ建材の魅力を紐解きながら気になるコスト面やメリット・デメリットなどについても紹介しています。
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